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信心は押すことが第一
春夏秋冬 平成4年
 明けましておめでとうございます。
 新年に当たりまして、かねて一度書いてみたいと思っておりましたことを、新年号という機会に、書かせていただきます。
 それは、「信心は押すことが第一」というおしえについてです。「第一」とあるからには、大切な意味があるに違いありません。
 じつのところ私は、このおしえはなんとなく頭では分かるのですが、これまであまり好きになれませんでした。
 世間には、「一押し、二押し、三に押し」などということばがあります。世渡りには、強引ともいえる位の「押し」が大切で、それができない気の弱い人間は、競争の激しい世の中では生きていけないといった意味でしょう。
 これを信心に当てはめてみますと、どういうことになるでしょう。信心するのは、神に願って自分の意志や願望を叶えてもらうことだとして、押しの強いものがおかげを頂くのである、ということにならないでしょうか。
 一概にそれが間違いというのではありませんが、どうもそこに、利己的というか、自分中心の感じがつきまとっていて、それが、私がこのおしえが好きになれない原因でもあったようです。

 それが或る時、ハッと気づかされることがあって、このおしえのご真意が、自分なりに分からされたように思います。
 「押すことが第一」と言われるのは、ただがむしゃらに我を押し通そうとすることでは毛頭なく、私たちの上に、誰彼の隔てなく、平等無差別に、ひたひたと押し迫っている或る力を、人間として渾身の力を込めて押し返していくことだ、と気づかされたのです。
 その力とは、すべてのものを生み出し、生かし、いつくしみ、立ち行かせようとする力であり、働きなのです。
 こちらが押すよりも前に、その力のほうが、先に、私達を押しているのです。その力はまた愛であり、慈悲とも言えるでしょう。
 それに対して、全身全霊をあげて、一心に応えることを、「信心は押すことが第一」とおっしゃっていたのだと気づかされました。
 押すより前に、まず向こうから押されている。その力を信頼し、その力に対して身を任せ、押して押して、押し続けていくことが、人間としての真実であり、進むべき道であり、また、人生の様々な問題のなかに、新しい道を切り開き、ほんとうの「おかげ」を生み出していくのではないでしょうか。
 ことしもまた、何事が起きてくるか分かりません。しかし、たとえどのようなことが起きてきましても、このおちから、おはたらきを信じて、「押す」ことに努めていきたいと思います。気の強い人、弱い人、性格は人それぞれです。また、持って生まれた性格はそう変るものではありません。しかし、たとえ性格がどうであれ、みんな押されている、つまり、生かされ、愛され、祈られていることには変りがないのです。だとしたら、自分は気が強いの弱いのといったことにとらわれずに、たとえ気が弱かろうが無力であろうが、このお力を信頼して、思いきって「押す」こと、言いかえれば祈ること願うことが、大切なのではないでしょうか。
 「信心は押すことが第一」という短いおしえにこもる、深く豊かな内容を、最近私は、このように頂いているのです。
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